狂気の多様性――吉村萬壱『前世は兎』(集英社・2018)

兎から人間に生まれ変わった者は、「気持ち悪い!」と思う。人間の世界ではすべてが名づけられている。兎の世界が単に生きることだけに向かっていたのとは大違いなことに。それに加え、名前があるために許された無秩序さで物体は並んでいる。まるで「百科事…

灰色の抵抗――和田洋一『灰色のユーモア 私の昭和史』(人文書院・2018)

第二次世界大戦中、文化人はどのように生きたか。そこに圧政にも負けず、自らの思想信条を守り、英雄的に戦ったひとびとの姿を見たいという気持ちは自然なものだろう。しかし、『灰色のユーモア』に綴られているのは決してそうした「白い」姿ではない。たし…

書くことでは何も変えられないけれど――こだま『ここは、おしまいの地』(太田出版・2018)、爪切男『死にたい夜にかぎって』(扶桑社・2018)

ほぼ同時に発売された二冊の本、『ここは、おしまいの地』と『死にたい夜にかぎって』。著者のこだまさんと爪切男さんは、以前からともに活動している仲間でもあるそうです。同時に発売されたこと、ともに活動していること、こうした事情は偶然にすぎません…

喰人のスタイル――佐川一政『喰べられたい』(ミリオン出版・1993)

パリ人肉事件――友人の女性をカービン銃で射殺したのち、その肉を食すという事件。その犯人である佐川一政が『喰べられたい』と言うのは、なんとも人を喰った話ではある。扉に「これは、限りなく真摯な冗談である。」とるように、佐川はこの慣用句を実体にお…

自由に生きる術――櫛野展正『アウトサイドで生きている』(タバブックス・2017)、石山修武・中里和人『セルフビルドの世界』(ちくま文庫・2017)

自由に生きる――これが『アウトサイドで生きている』と『セルフビルドの世界』に共通するメッセージだ。この二冊の本には、様々なアマチュアの表現者が登場する。『アウトサイドで生きている』にはセルフポートレートを中心に活動する87歳の写真家・西本喜…

菅原克也『小説のしくみ 近代文学の「語り」と物語分析』(東京大学出版会・2017)からジェラール・ジュネットへ――物語論の「物語」の行くすえのためのメモ

小説のしくみを物語論の道具立てによってあきらかにする。「しくみ」とは制度であり、しばしばそれが意図的に踏み越えられることから小説の楽しみはうまれる。けれどもそうした楽しみを理解するために物語論は作られたのだろうか。個人的に小説を楽しむのな…

変わりゆく現実とノンフィクション――武田徹『日本ノンフィクション史』(中公新書・2017)

ノンフィクションはフィクションではない。「虚構」ではなく「事実」を伝えるものである。――こうした定義はわかりやすいかもしれないが、「ポスト真実」という言葉すら口にされる現在、「事実」とは何かと考えることは無際限な問いに身をまかせてしまうこと…

惨めな「ワナビー」たちの小さな革命――ロバート・ダーントン『革命前夜の地下出版』(岩波書店・1994)

獄中から、つらつら考えたとき、ブリソーにとってアンシアン・レジームなるものは、彼自身のような自由な精神を圧し潰す陰謀であるかのように見えただろう。シャルトルの酒場経営者の一三番目の息子として生まれた彼は、これより七年前に、パリを首都とする…

『スクリブナー思想史大事典』詳細目次

今年、2016年1月に発売されました『スクリブナー思想史大事典』(全10巻、703項目)の詳細な目次を作成しましたので公開します。 皆さまのご研究の糧にしていただけましたら幸いです。 スクリブナー思想史大事典目次 色々と見づらい点、誤字脱字な…

美味しい韓国料理の修辞学――李禹煥の言葉から

昨年、第21回文学フリマ東京(2015年11月23日)にて発行された、尊厳さん制作の食と性に関するZINE『食に淫する』(詳細は以下。5/1の第22回文学フリマ東京では第2号が発行されます。)に「美味しい料理の修辞学」というタイトルの評論を寄稿しました。 shok…

本の姿態――ピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』刊行記念 高山宏×山本貴光対談を聞いて

7月21日(金)はピーター・メンデルサンド『本を読むときに何が起きているのか』刊行記念として行われた高山宏さんと山本貴光さんの対談に行ってきました。 そこで話された内容を含めつつ、考えたことなどをまとめておきたいと思います。